とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
そうだね。私ももう、ここまで私を必要としてくれて、私を好きだと言ってくれる人なんていないと思う。

私にも一矢くんしかいないと思うんだ。

「華怜の気が変わらないうちに、いますぐ役所に行きたいぐらいだけど」

「変わらないよ」

携帯を覗き込んでいた一矢くんが私を見て、驚く。

彼の中ではまだ一方的に自分だけって気持ちがあるのだろうか。

矢印が彼からだけ向けられているはず、もうないのに。

「変わらないけど、早い方が私もいいな」

「ちょっと、両頬抓って」

クスクス笑いながら頬を引っ張ると「いたひような、いたふないひょうな」と痛みさえも分からなくなっていた。

「しっかりしてよ。私、恋愛初心者なんだから。リードしてよね」

「ふ。残念だったら。俺も華怜と両想いになったのは初めてだ」

当たり前のことをどや顔で言う。そこはリードするよって言ってほしかったな。

仕方ないので、一緒に手探りで進んでいこう。

次の木曜日に私たちは入籍をします。

大人なのに子供みたいな、じれったい遠回りをしました。

私は逃げてばかりだったので、今はもう騙されたことに少しだけ感謝している。

意地になってケーキを二つ食べた後、二人して胸焼けしたねって笑い合った。

私たちの物語は、矢印がようやく重なり合った、ここから始まっていく。
< 171 / 205 >

この作品をシェア

pagetop