とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
彼――南城一矢。

私の旦那さまになる相手が、走ってくる。

「待たせてすまない」

「いえ。もうしわけないけど、私の後ろの席に座っていただけますか?」

 最後の抵抗に、向かい合うことは避けて、後ろを促した。

 視線を彼のネクタイに落とし、怒りで体が震えているので怖くはなかった。

言われたとおりに私の後ろの席に座った彼から、珈琲を頼む声が聞えた。

「……貴方の言ったとおり、メリットがありましたね。私以外に」

「悪い話じゃないだろ」

 悪びれもしない彼の言葉に、今すぐ引っ叩いてやりたいとさえ思う。

 でも私の頭の中にぐるぐる回る気持ちは、そんなものでは収まらなかった。

「お願いがあるんですけど。これだけを守ってもらえたら私、貴方と結婚します」

「なに?」

 紅茶に映る自分の顔は、復讐に燃えてとても醜い。

 母も彼も――自分の心の弱さも嫌い。

「私があなたに触れるまで、セックスはしませんし、貴方から触れてこないでくれますか」

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