とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
 ブツブツと独り言を言ったあと、彼は言う。

「一つだけ。どうか君の母親を嫌わないでほしい。俺が脅したんだ。君の母親は悪くない」

そんな嘘で固めた言葉は、絶対に信じられない。

もう誰も信じられないと思った。

「それは私が決めることです。話はそれだけですか?」

「俺は君には絶対に嘘をつかない。だから言う。君の母親は、尊敬できる人だよ」

「そうですか」

 何を言っても、怒りや絶望で冷静ではない私には響かない。

 代わりに母親が置いていった本に挟まっていた婚姻届けを彼に渡した。

「私の名前は書きました」

「そう」

「次は何をするのか、命令してください」

 彼は「俺は今、印鑑ないしなあ」とゴソゴソとジャケットを漁ったあと髪を掻く。

「これの届けは、君から俺に触れたときにしよう」

「どうぞ」

「……こんな形で許してくれなくてもいいけど、俺は君を諦めないから」

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