とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。


 仕事が終わった後、分厚い雲の下、閉店間際のスーパーに走った。

 今日に限って雨が降らなかったのは感謝だ。

 鰈が安かったので、煮付けにするか唐揚げにするか悩みながらバスに乗って、マンションに着いた。

 今日も遅いと朝、言っていた気がする。

 ので、気兼ねなく明日の朝ご飯の仕込みをしてやろう。

 どんな反応をするのか――その時、私は彼の顔をちゃんと見ることができるのかな。

 毎日ネクタイのガラをチェックするだけじゃなく、この政略結婚についての不満を睨んでぶつけてやりたい。

「わ、すみません」

 ぼーっとしていたせいで、マンションに付きエレベーターを待っていた瞬間、出てきた女性とぶつかりそうになってしまった。

「こちらこそすいません」

 気が強そうな、芯のしっかりした綺麗な女性だ。

 私の両手にぶら下がったスーパーの袋を見て、エレベーターのドアを押さえてくれていた。

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