とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
 彼女の去ったエレベーターの中は、甘くいい香りが漂っている。香水さえも気品が漂っている。

 やはり高級マンションなだけあって、すれ違う人も一般人と違う気がする。

「――?」

 ただ、一つ。

 玄関を開けると、なぜか先ほどの彼女の甘い香りが漂っていた。

 気のせいじゃなく、残り香のように感じる。

 キッチンに買ってきたスーパーの袋を置いて、違和感がないか探すと簡単に見つかった。

 リビングのテーブルの上に、メモが置いてあった。

『鍵は一階のポストに返しておきます。今までありがとう。あと冷蔵庫の中のおかずは早めに食べてね』

 すぐに冷蔵庫の中を確認すると、タッパが二つ。

 細竹と牛肉のしぐれ煮と平目の煮物が入っている。

甘くて上品な香りは、先ほどの美人な女性と重なる。

スーパーで買ってきた鰈と牛肉が滑稽に見えてきて、乾いた笑いしか浮かばない。

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