とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「寝てます」

こんな時間にわざわざノックして確認するほど話したいこと?

嫌な予感がして即答すると、ドアの前で小さく笑う声がした。

「起きてるじゃん。お願いだから、ちょっとだけ顔見せて」

起きてるのがバレた手前、仕方なくドアを開ける。

するとネクタイも解かないままの、如何にも今帰った様子の彼が目の前にいた。

「おかえりなさい」

「うん。ただいま」

ちょこっとだけ嬉しそうに答えた後、言いにくそうに少し右を向く。

「あのさ、俺の中でもやもやするのが嫌だから言うけど」

「うん」

「もしかして妹がなにか失礼をしなかったかなって」

「うん……?」

 妹?

 まだ少し寝ぼけていた目が、ちょっとだけ覚醒した気がする。

エレベーターのいい香りの女性、そういえば目つきとか似てるかもしれない。

クール美人な感じが、この澄ました王子様に似てる。

「あの人、妹だったの?」

「ああ。指輪もしてただろ? 以前ちょっと話したけど、俺に家庭教師してくれて一人暮らしの時に料理を教えてくれていた人と婚約中なんだ」

「指輪までは見てなかったけど」

なるほど。部屋の中でも彼女の香水が香ったのは、そのせいか。

「給料日前になると、妹は居座っていたから、鍵を返せって伝えてたんだ。ただ――君のことは婚姻届けもだしてなかったし迷惑になるかなってまだ言ってなくて」

「ああ。一年後に離婚するから、今行っても気まずいよね。タッパは冷蔵庫に入れておいたよ」

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