とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「すみません、電話が」

「いいよ。ついでにタクシー呼んでおきな」

「はい」

「良かったね」

良かったね?

水を乗せたお盆をもってオーナーの方へ向かう美香さん。

その良かったねは、きっと『男性恐怖症克服したじゃん』って意味だったと思う。

なのに、携帯画面を見た瞬間に言われたから少し驚いてしまった。

美香さんには相手の名前が見えていないのに。

「もしもし……」

『もしもし、俺だけど今、どこ?』

「あ、終電で帰ります」

一応心配して電話くれたのかな?

電話は家にいる時よりも相手の感情が見えなくて苦戦する。

「ちょっと、ビールよ。ビール持って来て」

「ママー、飲みすぎだって」

「ああん? 舌入れてちゅーずんぞ、ごらああ!」

「……」

『……』

はっきりとオーナーの野太い声が電話越しに聞こえたと思う。

向こうの彼から反応がない。

「……えっと」

「どこ? 迎えに行く」

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