とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
彼の手が伸びてきたので、一歩後ろへ退くと手が止まった。

「ごめん。捕まえたくなった」

「もう捕まってる。私の選択は貴方との結婚しかないんでしょ」

「まあ、そうなんだけどさあ」

止まった手を下すことはない。伸ばしたいのに我慢している宙ぶらりんな手。

怖くなかった。

今まで目を見て話すことさえも怖くて、男の人と普通に話すこともできなかったのに。

どうして急に、この人が私の目の前に現れてから、狂いだしたの。

まるで私が嘘を身にまとって逃げてきたみたいで、嫌だった。

「俺以外で試すのは耐えられないから、ほんとやめて。俺、心が狭い」

「それは私が貴方の所有物だからでしょ。自分のものが違う人の所有物になるのが嫌だから。迎えは車ですか?」

「……あっち」

パーキングの看板を指さしてきたので、そちらへと歩き出すと彼は止まっていた手をぎゅっと強く握りしめ拳を作った。

「最初は罪悪感もあったかもしれない。でも俺はやっぱ心の底で、ずっと華怜さんが好きだったんだろうね」

「……ほう?」

ぽっかりと浮かぶ真ん丸の月が、私の心に開いていた傷口の大きさに見えた。

私はあれぐらい大きく心がえぐれていて、抉られた部分は全て異性への恋心だと確信していたのに。

「華怜さんに好意があるので、君が俺に冷たいと心が痛むし、昨日みたいに沢山話せるとやはり嬉しいらしいよ」

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