とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
彼が笑う。棘がない薔薇のように、優しく爽やかで、隙がない。

もっと憎くて、空気が濁ったような、静まり返った朝食になると思っていた。

でも、これでエッチなしでただの同居人ってだけなら悪くないのかもしれない。

「華怜さん」

同い年で同級生にもかかわらず、距離感を保つ呼び方も嫌いではない。

本当なら、むず痒い呼び方なんだけど、辻さんのちゃん付けよりは好き。

「祖母が野菜を届けてくれるらしいんだけど、一階に届いていても重いから持って上がるのは俺がするからね」

「いつも段ボールいっぱいに届くけど、あんなに頂いて、お礼をしなくてもいいの?」

食卓に並ぶ新鮮な野菜サラダはほぼ、彼のおばあさまが育てたものらしい。

こちらで社長夫人として生きてきたおばあさまが、田舎で野菜を育てているなんて大変だろうに。

「信じられないぐらい壮大な土地を買い、人を雇って隠居しても会社経営してるような人だ。まあ、今度機会があったら会ってやって」

楽しい人だよ、と笑う。

彼はいつもにこやかで、穏やかで、人の悪口を言うような卑しさもなく、嫌いになる部分が見当たらないのである。
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