とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「名前?」

「そう。頑なに呼ばないでしょ? 俺の名前」

思わず目を開けて彼を見上げてしまった。伸ばされた手は、テーブルの上に置かれたリモコンを取っただけで、逆に目を閉じた私の行動に首を傾げていた。

「俺の名は?」

「ちょ、ぷぷ。古い。ちょっと待って」

そういえば、彼とかあの人とか貴方とか言って、彼の前で名前を呼んだことはなかった。

「なに? 俺は昔から華怜さんに名前を呼ばれたかったんだから」

「中学の時は、名前で呼んでなかった?」

「昔の話はいいよ。辛いだろ。今の俺の名前」

「うん。一矢くん。いや、一矢さん?」

距離を保つには、さん付けの方がいいのかな。

さん付けで呼ぶと、少し不服そうだった。

「俺は華怜さんって呼ぶけど、君は呼び捨てで」

「なんで。どっちでもいいじゃん」

「じゃあ華怜。俺も華怜って呼ぶ」

先ほどまでの、私を強引に抱き寄せ安心させてくれた彼はどこにいった。

名前のことぐらいでムキになる彼は、ちょっとだけ子どもっぽい。

「まあ、一矢って呼ぶぐらい全然問題ないです。てっきりキスされるかと――」

 っと余計なことを言いそうになって口を押えたけど、遅かった。

 子どもっぽく拗ねていた彼の顔が、真顔になった。

「キスしていいなら、めちゃくちゃしたい」
< 99 / 205 >

この作品をシェア

pagetop