極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
「さあ、頑張って」と深雪ママはエールをくれて、温かいおしぼりふたつを実乃里に渡す。

頷いた実乃里は、カウンターを出てボックス席へ向かう。

ハイヒールのパンプスは、店内を移動する分には慣れたと思っていたのに、緊張からか、ぎこちない歩き方になってしまった。


ボックス席に入り、上擦りそうな声で「いらっしゃいませ」とおしぼりを差し出すと、龍司の視線が実乃里を捉えた。

けれども彼は驚くことなく、おしぼりを受け取って適当に手を拭いただけである。

どうやら、実乃里だと気づいていないようだ。

それほどまでに外見的変化を得られたということだが、別人だと思われては意味がない。


ニヤついている添島にもおしぼりを渡した実乃里は、「失礼します」とふたりの間に座った。

接客にはもうひとり、龍司の右隣にベテランホステスが付いており、龍司と添島のウィスキーの水割りを作っている。

龍司は肩を押さえて首を回し、疲れている様子だ。

彼は左隣を少しも見ないので、痺れを切らした実乃里は、「龍司さん、あの」と声をかけた。


興味の薄そうな視線が実乃里に流されると……龍司は一瞬顔をしかめた後に、その瞳を大きく見開いた。

自分に付いたホステスが誰であるかに、やっと気づいたようだ。

「お前か。なにをやってる?」と驚いたように問いかけた彼に、実乃里より先に添島が笑いながら暴露した。


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