極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
夢中になってパン作りを楽しんでいるうちに、気づけば数時間が経過していた。

カウンターテーブルには焼き立てのパンが十個ずつ、五種類も並び、ひとつずつ食べたら実乃里のお腹ははち切れそうである。


(この大量のパン、どうしよう。明日は定休日なのに作りすぎちゃった。冷凍庫に入りきらない分は、持って帰るしかないかな……)


後悔したのはパンに関してだけではなく、時間もである。

鳩時計が深夜一時を指しており、終電を逃してしまったことを知った。


(タクシーじゃないと帰れない。節約してるのに……)


実乃里の自宅は、最寄りの駅から電車でふた駅先の安アパートである。

仕方なくタクシーを呼び、待っている間に急いで片付けと消灯、戸締りをし、到着したタクシーに乗り込んだ。

走り出した車中で中年の男性運転手が、「遅くまでお仕事、大変ですね。お疲れ様です」と労ってくれる。


「ありがとうございます。運転手さんも深夜勤務ご苦労様です。朝までですか?」

「そうですよ。でも平気です。この仕事を二十年続けているので、体が慣れていますから」


話し上手で愛想のいい運転手は、ロイヤルのメニューなどを聞いてきて、今度食べに寄ると言ってくれた。

滅多にタクシーを使わない実乃里であるが、無口でいられるより話しかけてくれる方が好きなので、運転手との会話を楽しんでいる。


「そうだ私、今までパンを焼いていたんですけど、召し上がりませんか? 焼き立てです」

「いいんですか? いやー、嬉しいな。それじゃ、ひとついただきます」


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