極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
今頃龍司は警視庁内にいて、上官の杉谷に労をねぎらわれ、彼に手柄を取らせたことを褒めてもらっているのかもしれない。

恩ある杉谷のために悪を裁くことが、龍司の生きる目的だと、実乃里はかつて杉谷に聞かされた。

気の抜けない長期任務の終了と、その成功を喜び、充実感の中にいる龍司を想像する。

実乃里の頭に浮かんだ龍司は、わずかに微笑んでおり、満足げである。

この先、実乃里に会えないことを寂しがってはくれず、感傷にも浸ってくれないだろう。


(龍司さん、せめて、さよならくらい言ってよ。泣いて縋ることもできなかったじゃない。頑張ったのに、私の恋は片思いのままで終わっちゃった……)


両手で顔を覆い、実乃里は肩を震わせる。

声を押し殺そうとしても、堪え切れない嗚咽が漏れてしまう。

誰かが実乃里の頭を撫でてくれた。

「切ないなぁ……」とマスターが、悲しげなため息を吐き出した。



街路樹の銀杏が葉の六割を黄色に染め、薄手のコートやジャケットを着た人が通りを行き交う。

ここは東京の小洒落た雰囲気が漂う街角で、二十六歳になった実乃里は、二カ月前に念願の自分のカフェをオープンさせた。

“cafe 実り”、それが店名である。

自身の名前であり、自分にも訪れる客にも、実りが多い店であるように、との願いが込められている。


< 186 / 213 >

この作品をシェア

pagetop