極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
掃除の手を止め、秋空に龍司の顔を思い描いた実乃里は、口角を上げて微笑んでみる。

失恋の傷は月日が癒してくれて、今は泣くこともない。

守らねばならない店があるから、龍司を恋しがってはいられないと、前向きに生きているつもりである。

けれども、掃除を終えて店内に戻った実乃里は、ため息をつきたい気分になった。


(今日もお客さんが少ない。どうしよう、こんなことで、この先やっていけるかな……)


開店中に掃除をしていたのは、あまりにも暇だったからである。

平日の十四時に、店内にいる客はひとりだけ。

三十代に見える女性客は、スモークサーモンとアボガドのラップサンドとコーヒーを口にしながら、カウンターテーブルに向かって文庫本を開いていた。

店内に話し声はなく、音量をかなり下げて流しているジャズが、うるさく聞こえるほど静かである。


(どうしてお客さんが来ないんだろう……)


ヘリボーン調の床に白塗りの壁。

落ち着きのある色味の、ウォールナットの椅子とテーブル。

カップやポット、作り付けの棚に飾られた小物はカラフルで差し色として映え、照明はシンプルな四連のスポットライトだ。

壁掛けの現代アート絵画は、『置いてもらえませんか?』と持ってきた、駆け出し作家の作品である。


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