極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
「世の中にはおかしな奴がいっぱいいるだろ?」とマスターは、少し困った顔をして説明を始めた。

“おかしな奴”が、具体的にどういう人なのか実乃里にはわからないが、下町の秩序と輪を乱す者が時々現れるらしい。

そういう場合、警察を呼んでも、民事不介入だからと言って軽い注意しかしてくれない。


「厄介な奴というのは大抵しつこいんだよ。なかなか出て行ってくれない。だが、猿亘さんに頼めば一発だ。この町の商売人には必要悪の存在なのさ。まぁ、結構なみかじめ料は取られるけどな」


最後は明るく話し終えたマスターに、洋子も同調して笑う。


「実乃里ちゃん、わかった? 人相が悪くても、猿亘さんのとこの人たちは怖くないのよ」

「はぁ、そうなんですか……」


実乃里は右に傾げていた首を今度は左に倒し、納得しかねている。


(そう言われても、事務所でのあのやり取りを見せられたら、充分に怖かったんだけど……)


郷に入っては郷に従えというし、反論する気はないが、アルバイト先を選び間違えた気はしている。

けれども実乃里の頭に浮かんだのは、空になった卵サンドの皿を見て、食べ足りなさそうにしていた今朝の龍司の顔であった。


(クールで渋みのある大人。私の好みのど真ん中なのよね。あんなに素敵な人、他にはいない気がする。でも、極道の若頭だなんて、私には無理だよ……)


いくら好みのタイプでも、恋愛に発展させようという気にはなれない。

龍司と実乃里は住む世界が違う。

ロイヤルに来店した時に目の保養をさせてもらうだけの付き合いにしようと、芽生えたばかりの恋の芽を摘み取った実乃里であった。


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