極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
マスターはなぜかハラハラと落ち着かない様子で、コーヒーを淹れ始めた。

熟練の手つきは鈍り、すくった豆をコーヒーミルに入れようとしてこぼしている。

龍司をはじめとした猿亘組のヤクザが来店しても、愛想よく対応し、少しも動揺しないマスターなのに、刑事を恐れているような様子なのは一体どういうわけだろう。


実乃里はおしぼりと水を出し、マスターが淹れたブレンドコーヒーを杉谷に運んだ。

マスターが動揺している理由が知りたくて、杉谷と会話してみようと試みる。


「あの」と声をかければ、杉谷の瞳が実乃里に向いた。

人の弱点を探し、分析しようとするような視線が実乃里の頭から爪先までにザッと流され、なんとも嫌な気分にさせられる。

「なんだ?」とくわえ煙草で問いかけられたが、実乃里は言葉を飲み込んでしまった。


『刑事さんなのですね』とも、『今は休憩中ですか』とも聞けない。

ましてや、『猿亘組を調べているんですか』とは、とてもじゃないが尋ねることはできない。

組対の刑事が猿亘組本部の近くにある喫茶店を訪れるということは、きっとそうなのだろうと推測できても、なにも悪いことをしていない自分までが捜査対象に入れられそうな気がして、怯えのような感情が湧いていた。


「ミルクと砂糖が足りなければ、お申し付けください。ごゆっくりどうぞ……」


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