極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
考え込んでいると、杉谷が立ち上がり、実乃里の横に立った。


「逢坂の拳をくらわずに済んだが、代わりにお嬢ちゃんのトレーが飛んできたな」

「あ……すみません」


意地悪な感じのする笑みを口の端に浮かべた杉谷は、落ちていたプラスチックのトレーを拾って実乃里に手渡し、コーヒー代をマスターに払ってから店を出ていった。

嵐が去ったように静けさを取り戻した店内で、調理場からやっと出てきた洋子とマスターが、やれやれと言いたげな顔で話しだす。


「杉谷さんが来ると、毎回ひと騒動だなぁ」

「本当にね。不思議と必ず龍司さんたちと鉢合わせるのよね。いつもは物静かな龍司さんが、急にヤクザみたいになっちゃうし困るわ」

「おいおい、龍司さんは五年前から猿亘組の極道だろ。組長の窮地を救って気に入られたそうだが、乗り込んできた敵勢をほぼひとりで追い払ったらしいな。その勇姿は見たかった。遠目でな」


杉谷の使ったグラスとコーヒーカップ、灰皿をトレーに乗せ、テーブルを拭いてからカウンターまで戻った実乃里は、「その話を詳しくお願いします」と興味を示した。

客のいない店内で、マスターが三人分のコーヒーを入れながら教えてくれたのは、龍司が猿亘組に入った経緯だ。
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