極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
すると、ここは花火大会の穴場ではないことがわかる。

この下町は低層の建物が多いが、それでも四階建てのビルでは見晴らしがいいとは言えない。

遠くの方には高層マンションが建ち並んでいるため、花火が見えたとしてもビルの隙間に少しだけであろう。


(情報を鵜呑みにせず、下見に来てよかった。これじゃ穴場だからと誘えない。混雑する花火会場まで、張り切って出かけましょうと言える間柄ではないし、諦めるしかないよね……)


龍司と花火見物の夢は、わずか数分で散る。

残念に思ったその時、ボソボソと話す男性の低い声が、後ろの方から風に乗って微かに届いた。

驚いて振り向くも、人の姿はない。

この屋上のドアは真ん中辺りに突き出たようにあり、その裏側は給水タンクや配管などがあるようだ。

話し声は、給水タンクの近くから聞こえてくる。


(ビルの関係者かな。管理人が業者を呼んで修理について話しているのかも。ここからすぐに出ていった方がいいよね。でも、勝手に上がってすみませんでしたと、ひと言謝った方がいいかな……)


迷いつつ引き返した実乃里は、ドアを回り込んで声の方へ歩く。

すると、先ほどよりは大きく聞こえる声に、目を瞬かせて足を止めた。


(この声は、もしかして龍司さん? 誰か男の人と話しているようだけど……)


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