極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
足音を忍ばせて進み、給水タンクの陰に隠れた実乃里は、そっと顔だけ覗かせてみる。

その目が驚きに見開かれた。


(杉谷刑事!? どうしてふたりが、こんな所で一緒にいるの?)


杉谷はフェンスに背を預け、煙草の煙を空へ吐き出している。

龍司はフェンスの金網を片手で掴み、反対の手をスラックスのポケットに入れ、杉谷の方に体を向けていた。

彼らと実乃里の距離は四メートルほどで、声を落とした会話が所々、聞き取れる。


「そのまま泳がせて密輸の……税関の方はこっちでやるから、お前は……」

「わかりました。杉谷さん、もうひとつだけ……の件は俺が……」

「焦るな。もうひと息だからこそ、慎重に……だぞ。龍司、頼むな」

「はい」


これは一体どういうことかと、実乃里は激しく動揺している。

ロイヤルに来店した時の杉谷は、“逢坂”と名字で呼んで、彼を馬鹿にするような失礼な言動を取っていた。

それなのに今の杉谷は、“龍司”と親しげに呼び、まるで部下に対するが如く、なんらかの指示を与えている。


龍司の方も、ロイヤルで喧嘩腰であった時とは違い、杉谷に敬語で話して従順な態度である。

細切れに聞こえる会話も、麻薬かなにか違法性のあるものの密輸に関して、刑事が捜査しているような内容に思われた。


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