極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
龍司に引っ張られるようにして、給水タンクの陰から出された実乃里は、杉谷の前に立たされる。

手首を離してはくれたが、虎が二匹、睨め付けている状況で、子猫が逃げられるはずはなかった。


杉谷は余裕の態度で煙草を吹かしつつ、探るような視線を実乃里に向け、真顔で問いかけてきた。


「刑事は疑うのが仕事なんだ。質問に答えてもらおうか。ピザの配達で偶然俺たちの話を聞いてしまったという言い訳の証拠は?」

「証拠……はありません。でも、四階の伊藤商会にピザを届けたので、確認してもらえたらわかります。ロイヤルに電話してくれてもいいですよ。ピザを焼いたのは洋子さんで、配達を指示したのはマスターですから」


動揺の波はまだ引かないが、容疑者のように尋問されては不愉快である。

ムッとした実乃里は、配達先のOLからここの屋上が花火見物の穴場であると教えられたことも説明した。

実乃里を見張るように横に立っている龍司は、スマホを取り出し、早速調べている。


「今週末、荒川の花火大会が予定されているのは事実のようです。穴場とは言いがたいが、ここからでも少しは見えるでしょう」

事務的な口調で、杉谷にそのように説明していた。


杉谷はダークスーツのポケットから携帯灰皿を取り出すと、半分になった吸いさしを放り込み、フェンスから背を離して前へ歩く。

一歩の距離まで詰められた実乃里が、杉谷を恐れて片足を引いたら、「信じてやるよ」とありがたい言葉をもらえた。

実乃里がホッと胸を撫で下ろすと、杉谷は口の端を上げてクッと笑う。


「悪く思わないでくれ。お嬢ちゃんは猿亘組の何人かと顔見知りだからな。奴らに頼まれて龍司を探っている可能性も排除できなかった」

「ということは、龍司さんはやっぱり……」


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