嘘つき旦那様と初めての恋を何度でも
1話「不思議な出会い」





   1話「不思議な出会い」


 
 何故、こんな所に来てしまったのだろう。
 緋色は笑顔のまま、心の中では溜め息をつき、後悔していた。

 
 緋色が今居るのは、高級日本料理の料亭「冷泉」の一室だった。
 広い畳の部屋には、木の机が置かれ、そこには色鮮やかな料理が並んでいた。
 けれど、その料理にはほとんど口をつけておらず、緋色は相手と会話を交わすばかりだった。「勿体ないな。」と、思いながらも向かい側に座る男性の話しに、相槌をうちながら笑顔で聞き役に徹していた。



 緋色は、真っ黒で艶のあるまっすぐな髪を綺麗に纏めて、簪で止めていた。アップヘアはあまり好きではなかったけれど、着物を着ている時は、仕方がないと思っていた。
 淡いうぐいす色の生地に、裾と袖だけに綺麗な色とりどりの花が描かれている着物を着ていた。緋色は、昔から着物を着ているため、着付けや振る舞いには慣れている。着物は着るだけで背筋が伸び、おしとやかにもなれるから不思議だ。最近では着る機会も少ないが、着るときは楽しみにしていたのだ。



 けれど、今日は違った。

 いくらお気に入りの着物に身を包んでいても、全く楽しくなかった。
 


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