嘘つき旦那様と初めての恋を何度でも
玄関を抜けると小さな庭があった。土の感触が足袋越しに伝わってくる。多少の不快感も我慢しなければいけない。
道路に出たら、タクシーに乗ればいいのだ。
そう思って、料亭の門をくぐり左へ曲がろうとした時だった。
「………ぁ………。」
「………わぁっっ!!」
まさか、店先に誰かが立っているとは思わず、緋色は思いきりそこに立っていた人とぶつかってしまった。
ぶつかった反動で、緋色は後ろに倒れてしまいそうになる。自分では体勢を変えることは出来ず、転んでしまうと思った緋色は咄嗟に目をキツく瞑った。
けれど、強い力で腕と背中に腕を回され、そのまま体がふわりと戻った。
そして、トンっと温かさを感じる所へと顔が当たった。そして、そこからは綿菓子のような甘い香りがしたのだ。
「大丈夫ですか、緋色さん。」
「え…………。」
名前を呼ばれて、その人の顔を見上げた。
そこには、緋色より背が高く、ふわふわとした癖っ毛の茶色い髪に、大きな瞳で可愛らしさを感じる男がいた。
けれど、緋色はその男に見覚えは全くなかった。
「ごめんなさい。急にぶつかってしまって。怪我はありませんか?」
「あぁ、俺は大丈夫です。」
「………よかった。あ、あなたの眼鏡は?」
「え、あぁ………そういえば………落ちてしまったようで。」
緋色はその言葉を聞いて、地面を見るとそこには彼が読んでいた単行本と、眼鏡が落ちていた。
緋色が2つを拾い上げる。本は大丈夫だったが、眼鏡のレンズには落ちた時についたのだろう、傷がついているのがわかった。