一生に一度の「好き」を、全部きみに。

歌うことは好きだった。

でも本気でやりたいほどのめり込んだわけではない。親父がボイトレの講師だから小さい頃から発声練習とか筋トレとかさせられてたってだけの話。

人よりちょっとうまいって、その程度。

それなのに葵は俺の声が好きだと言った。

元気付けられるって……。

たかが歌くらいで大げさすぎるだろ。

けどなんとなく、葵に褒められるのは悪い気がしない。まぁ、夏のライブ以来葵の前では歌ってないけど。

それよりも今は葵のそばにいたい。

儚くて今にも消えそうな顔で笑ってる、葵のそばに。

目を離したら手が届かないどっか遠くへいってしまいそうな……そんな葵のそばに。

「ごめんね、スクバありがとう」

「別にどうってことないよ、こんくらい」

葵の顔色はすっかり戻っていた。さっきよりも表情が明るくなった気がする。

「平木サンに迎えにきてもらう?」

「ううん、咲と電車で帰る」

葵は即答した。

お嬢様だけどそれっぽくないのは、誰にも頼らないプライドというか、強さを秘めているからなのかもしれない。

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