一生に一度の「好き」を、全部きみに。
「葵……!」
ウソ……。
そんなはずは、ない。
「はぁはぁ……っ!」
固まったままうつむかせた顔を上げられずにいると、その人は私のすぐそばまで走ってきた。
「なに勝手にいこうとしてんだよ……っ! はぁ」
息も絶えだえに切なげな声を絞り出す愛しい人。
どうして……ここに?
お父さんの態度が変だったことを思い出してふと視線をやると、バツが悪そうな表情を浮かべていた。
「葵、すまない。彼はてっきり知ってるもんだと思って、一昨日話したんだ」
「え……」
一昨日?
咲が無言で病室を出ていった日のことだ。
私の病室を出たあとにお父さんと会った。そんなところだろう。
「帰ってからずっと葵のこと考えてた。なにも手につかなくて……葵が俺との別れを望んでるなら仕方ないって、何度も自分にそう言い聞かせて」
一歩ずつゆっくり近づいてきたかと思うと、屈んで下から顔を覗きこまれた。
「葵から離れようと思った。でも──」
「夢を見たんだ」
淡々と話していた咲の表情が歪んだ。
「暗闇の中で、葵がひとりで泣いてんの。俺はそばにいこうとしてんのに、どんだけ走っても葵の元にたどり着けなくて……ひたすら必死に追いかけてる」
そこまで言って、咲はフッと小さく笑った。
「夢の中でも俺は、泣いてるお前の涙をぬぐってやれない。情けないよな。でもさ、目を覚ましてふと思ったんだ。今も葵は泣いてるんじゃないかって」
膝の上で握った拳に咲の手が重ねられ、触れたところからジワッと優しさが染み渡った。
懐かしい咲の温もりに、じわじわ涙があふれる。