冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
昨夜彩実を家に置いたまま出て行って三橋と一晩を過ごすという勝手なことをしたのは諒太だ。

突然現れて彩実を怒るのはおかしい。

「諒太さん、早く返してください。それに、私は家に帰ります」

諒太は彩実の言葉を無視し、面倒くさそうに彼女に背を向けた。

エレベーターの扉は静かに閉まり、そのまま上昇を始めた。

階数ボタンを押していないのに動き出し、彩実は不安を覚えてきょろきょろと辺りを見回した。

「大丈夫だから落ち着け。これは俺が普段使っている部屋への直通だ」

「直通……?」

エレベーターは三十階に止まり、扉が開いた。

そこは客室が並ぶ廊下からかなり離れた奥まった場所で、ひとの気配もなくとても静かだ。

目の前には客室だと思われる部屋の扉があり、諒太はカードキーをセンサーにかざして開いた。

「え? ここってどこですか?」

「さっさと入れ」

諒太はこわごわと中を覗きこんでいる彩実の背中を押しながら中に入った。

転がるように中に押し込まれた彩実は、明るく広い室内に目を細めた。

そこは二間続きの広い部屋だった。

「え? ここって客室ですよね……?」

見回せば、広いリビングとその奥には寝室らしき部屋。

机やチェストなど、センスのいい調度品が配置されていて、雰囲気は抜群だ。

ベランダに面した大きな窓から燦燦と日光が差し込み、駆け寄って外を見ると、さすが三十階、規則的に整えられた大通りやオフィスビルが見える。

意外に緑も多く、景色の良さにしばらくの間見入った。

「あの、もしかして、諒太さんは今日ここに泊まるんですか?」

「いや、今日泊るんじゃなくて、今日も泊まるんだ」

戸惑う彩実に、諒太はしれっと答えた。

「ここは俺が仕事で帰れないときに使っている部屋だ。もともとは父親が使っていたんだが、俺が抱える仕事量のほうが多くなって以来、ほぼ俺が使ってる。まあ俺の隠れ家のようなものだ」

「隠れ家って……。それにしては広いし明るいけど」

突然こんな場所に連れてこられ、どういうことだと戸惑っていると、諒太のスマホが着信を告げた。

「もしもし。ああ、お疲れさま。……その件なら昨夜解決した」

諒太は彩実に気遣うことなく電話に出て話し始めた。

真面目な仕事モードの表情と声に変わった諒太の姿に、彩実のいら立ちも落ち着いてくる。

「あれ? 昨夜?」

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