冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
今諒太が洩らしたその言葉が気になったが、まだまだ電話は終わりそうにない。

彩実はそのことは後で聞いてみようと、きょうきょろと部屋を見回した。

壁際に置かれた机にはパソコンが二台並び、脇には書類や雑誌が積まれている。

それに、部屋のあちこちにはあらゆるホテルのカタログが広げられ、いくつもの付箋が貼られている。

そこには赤い文字で指示やチェックが入っていて、諒太がここで真面目に仕事をしているのがよくわかる。

諒太は隠れ家と言っていたが、隠れてのんびりするというよりも、隠れて気兼ねなく仕事に集中する場所のようだ。

諒太を見れば、部屋の真ん中に置かれたソファに座り相変わらず電話で話し込んでいる。

タブレットの画面を注視しながら笑顔ひとつなく話す横顔には疲れも見え、肩書だけの副社長ではないと、彩実は気づいた。

そして、これまでにも何度か思ったが、諒太のその姿は兄の咲也の姿によく似ている。

大企業の後継者としての責任から逃げられず、何千人もの社員やその家族の生活を支えるためには社員以上に力を尽くさなければならないのだ。

その運命を受け入れて淡々と、そして熱い思いを抱いて仕事に向き合うふたりの姿が重なった。

「でも……兄さんは怒りっぽくないし、優しいけど」

咲也を思い出しくすりと笑った彩実は、諒太に取りあげられたままのネックレスを思い出した。

お守り代わりに身に着けている咲也からもらった大切なネックレスだ、さっさと返してもらわないと落ち着かない。

彩実はたしか部屋に入るまでは諒太が握りしめていたはずだと思い、諒太に気づかれないよう気を付けながら、諒太が座っているあたりを見てみると。

「あ……」

電話がかかってきて、そのまま無意識に手放したのか、諒太が座っているソファの上に、無造作に転がっていた。

タブレットに視線を落としながら厳しい表情で話している諒太との距離、わずか三十センチ。

自ら取り返すには近すぎるが、諒太は話に夢中でネックレスに背を向けている。

彩実はトライしようと決め、部屋をあちこち眺めるふりをしながら徐々にソファに近づいた。

そして、息を詰めソファの背もたれ越しにそっと手を伸ばしてネックレスを手に取った瞬間。

「んっ……」

諒太の手が彩実の手を掴み、そのままぐっと引っ張った。

「きゃーっ」

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