冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
「そのことなら昨日みんなが帰る間際にお願いしておいたから大丈夫。というより、紹介なんてしない、うちで暮らせばいいって言ってたよ。披露宴で忍君と話して、気に入ったみたい」

忍は今回のコンクールの結果がどうであれ、近いうちにフランスに留学すると決めていた。

今なら忍の父もまだ現役の家具職人として仕事をこなしているが、この先年を重ねていけば、どうなるかわからない。

いったん家業から離れて留学するなら今がベストなのだ。

だから、コンクールに応募したと同時に彩実に親戚の力を借りられないだろうかと相談し、彩実も何度か親戚と話をしていたのだ。

「それに、忍君が入学する学校まで車で毎日送迎してくれるって。まあ、それは向こうで暮らし始めてからおいおい話し合えばいいけど。とにかくマリュス家一同待ってますって」

『そこまで……。ありがたい。助かるよ。向こうでは勉強に集中したいのもあって、頼れるものは頭を下げてでも頼ろうと思ってるんだ』

ホッとしたような忍の声に、彩実もじわじわと喜びが沸き上がり、目の奥が熱くなる。

大学時代から忍が家を継ぐために努力している姿を見てきたせいで、自分のことのようにうれしいのだ。

気付けば涙が頬を流れ、ひくひくとしゃくりあげていた。

手の甲でごしごしと涙を拭っていると、目の前に白いハンカチが差し出された。

「俺の足にしがみついたまま泣くな」

その声にはっと顔を上げると、苦笑いを浮かべている諒太と目が合った。

「すでにびしょ濡れだけどな」

「あ、ごめんなさい」

彩実は慌てて諒太の足から離れた。

忍のことで頭がいっぱいで、自分が諒太の足に抱き着くようにしがみついていたことに気づかなかった。

諒太の言葉に挑発されて怒り、思わずスマホを諒太の足の上に置いたが、あまりの恥ずかしさに体中が熱くなった。

「えっと、スマホは撤収します……」

恥ずかしさをこらえ、ハンカチで涙を拭いながらスマホに手を伸ばしたとき、またしてもスマホから思いがけない声が聞こえ、彩実は手を止めた。

『忍君、大賞を獲ったってネットで見たけど。フランスには私も絶対に一緒に行きます。だから今すぐ結婚しましょう』

その声が晴香のものであるのは、間違いなかった。



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