冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
もしも誰かに聞かれたらまずいと思っていたのだろう、彩実を脅す言葉はすべてフランス語で、言語特有の色っぽさや華やかさを冒涜するような癖のある発音に辟易した。

男に押さえつけられているというのに、こんな崩れたフランス語しか話せないクズ野郎にフランス語を教わっていた晴香を不憫にも思っていた。

けれど、諒太に同じ言葉を言われると、心は沸き立ち、彩実の体に喜びが満ちていく。

諒太なら、フランス語で同じ言葉を言ってもサマになるだろうと、にやけそうになるのをこらえていると、ふとあることに気づいた。

ICレコーダーから流れて来たのは、あの男がへたくそなフランス語で話した脅し文句。

それを聞いた諒太は目を吊り上げて怒り狂っている……ということは。

彩実は、相変わらず男を罵倒し続けている諒太を見上げた。

「あの、諒太さん、まさかフランス語を話せるんですか」

「ああ、話せる。ちなみに英語とスペイン語も話せる」

「そうですか……」

考えてみれば、最近、白石ホテルはフランスのリゾートホテルを買収している。

その指揮をとっていたのは諒太だという記事を以前目にしたのを思い出した。

だとすればフランス語が理解できるのは当然だろう。

それまでにこやかに笑っていた彩実は、すっと表情をこわばらせ、再びベッドの中にもぐりこんだ。

「彩実?」

いきなり様子が変わった彩実が気になり、諒太はそっと布団をめくって彩実の顔を覗き込んだ。

「どうした? どこか具合が悪くなったのか?」

「ううん。違います」

手近にあった大きな枕に顔を埋め、彩実は力なく首を横に振る。

「だったらどうした? 俺がフランス語が理解できるのが嫌なのか?」

「嫌じゃないんです。……ただ、ICレコーダーに残っていたあの男の言葉、全部理解したんですよね」

クッションに顔を埋めたまま、彩実は問いかけた。

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