冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
黙っていることに耐えきれず、彩実は聞かれてもいないことまでつい口にした。

彩実が着ている振袖は、見合いが決まってすぐ、麻実子が如月家御用達の呉服屋に彩実を連れて行き作らせた極上の品だ。

白地に華やかな模様が映え、彩実によく似合っている。

振袖なら成人式で着たものがあるからいいと最初は遠慮したのだが、あらゆる反物を肩にかけて選んでいるうちに楽しくなり、つい欲しくなった。

反物を決めたはいいが、見合いまで日が迫っていたこともあり、相応の金額を支払い、急いで仕立ててもらった。

身にまとえば彩実の美しい顔立ちと正絹の輝きが相まって、いっそう彼女を艶やかに見せている。

「嘘だろう?」

バーテンダーが新しいグラスを用意しカクテルを作る様子を眺めていた彩実に、諒太が低い声をあげた。

彩実を無視し黙り込んでいた諒太の声を耳にしても、彩実は自分に声をかけられたとは思わずぼんやりしていた。

「おい」

「……え?」

大きな声が響き、彩実はハッと諒太に視線を向けた。

「その着物が昨日届いたっていうのは、嘘だろう?」

諒太は水割りが入っているグラスを置くと、彩実に向き直った。

初めてまともに自分に向き合う諒太に、彩実はドキリとする。

けれど、一瞬高鳴った鼓動は諒太の冷え切った瞳によってあっという間に静まった。

諒太は彩実を胡散臭そうに見ると「聞いていたとおりだな」と吐き捨てるようにつぶやいた。

「あの。嘘っていうのはどういうことですか?」

刺々しい諒太の口調に、彩実は訳が分からず首をかしげた。

彩実が着ている振袖にこだわっているようだが、彩実には思い当たることはない。

「えっと……これ、似合ってない、ですか? 母も私も気に入っていて、呉服屋さんに大急ぎで仕立ててもらったんですけど」

薄暗い店内の照明の中、彩実は振袖や薄紫の帯を確認する。

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