冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
何度見ても桜や手毬の模様は華やかで彩実を癒してくれるのだが、自分には似合っていないのだろうかと不安を覚えた。

「でも……気に入ってるんですけど」

「気に入ったからって、姉の着物を取りあげていいのか?」

不安げに洩らした彩実の声に、諒太は探るような声で問いかけた。

「……え、と、取りあげ? って、なんのことですか」

諒太の言葉が理解できず、彩実は眉を寄せた。

「それ、お姉さんが大切にしている着物だろ?」

感情を抑えた声で、諒太は静かに尋ねる。

「姉さん、の着物、ですか?」

予想もしていなかった答えに、彩実はぽかんとする。

すると、諒太は言葉を探すように間をおいて、口を開く。

「それ、お姉さん……晴香さんが大切にしているお母さんの形見の着物なんだろう?」

「……形見?」

「晴香さんにはお母さんの記憶がほとんど残っていないっていうのに、お前……いや、君は晴香さんに遺された形見を次々と取りあげているらしいな。お母さんが大切にしていた着物もほとんど残っていないと聞いてるぞ」

「取りあげて……ませんけど。というより、姉さんとはこの二年まともに顔を合わせてないし取りあげるどころかろくに話もしてないんですけど」

諒太の疑い深い視線と探るような声にたじろぎながらも、彩実は淡々と答えた。

なんとなく、諒太が何故彩実に振袖のことで言いがかりをつけているのかも、わかってきた。

すべては晴香の差し金に違いない。

そのとき、バーテンダーが彩実の手元に新しいカクテルを置いた。

一杯目と同じ、薄いピンクのカクテルだ。

彩実は「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、早速グラスを手に取った。

そして、一気に飲み干した。

辛さの中に柔らかな酸味が広がり、のどをすっと潤していく。

彩実はグラスを置くと、少し熱くなった体ごと諒太に向き直った。

< 22 / 157 >

この作品をシェア

pagetop