冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
「こちらのチョコレート、フランスの老舗の新作だそうです。たまたま知り合いがその店と縁がありまして、優先的に取り寄せることができたのですが。お気に召されたようでなによりです」

バーテンダーが彩実ににこやかに話しかけた。

「あ、だったらそのお店を教えてもらってもいいでしょうか。親戚がフランスに住んでいるので私も年に何度かフランスに行くんです。そのときにでも寄ってみたいです」

前のめりに話す彩実に、バーテンダーはうれしそうに「もちろんです」と答えた。

例年、クリスマスのころには一週間ほど両親とフランスで親戚たちとともに過ごすのだが、今年は今進めているモデルハウスのオープンと重なり無理かもしれない。

かといって、お正月はゴールデンウィークと並んで住宅展示場は一年で一番来場者が多く休める状態ではない。

となると、次にフランスに行けるのは春にずれこむかもしれない。

広いブドウ農園を経営している麻実子の両親をはじめ親戚はみな朗らかで優しく、彩実が訪ねるといつも盛大に歓迎してくれる。

そこは、窮屈な如月家から逃げ出して気分転換をするには最適の場所で、収穫の時期に合わせて訪ねると、大勢の親戚や近所から集められた働き手たちとともに彩実も農園に出て収穫を手伝う。

地平線まで続いているような、丘の斜面いっぱいに広がるブドウ畑。

仕込みの時期に醸造所から漂ってくる醸造香。

たまたま気に入ったチョコレートがフランス産だと知った途端、それらを思い出して、今すぐ飛行機に飛び乗り行きたくなるとは。

よっぽど自分は疲れているのだなと、彩実は肩をすくめた。

ここ数日はお見合いのことが気になるだけでなく、モデルハウスに納品してもらう家具の件で小関家具との打ち合わせも続いて心身ともに忙しかった。

「そりゃ、疲れるわよ」

ぽつりと思わず口にし、彩実はハッと両手で口を押え、隣を見た。

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