冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
「歌の披露か……。フランスの親戚たちはいつも歌ったり踊ったりにぎやかだけど。きっと呼べないだろうな……」

葡萄の収穫を終えた後、親族や近所の仲間たちとおいしい食事を囲み、もちろんワインもたっぷり飲んで。

歌えや踊れの騒がしくも楽しい時間が夜通し続き、彩実もそれに交じって慣れない歌を口ずさむ。

そのときばかりは日本での煩わしい立場も、面倒な親戚との付き合いもすべて忘れて幸せな気持ちになれる。

彩実は、フランスの親戚たちこそ祝いの席で歌ってもらうのに適任だと思ったのだが。

彩実や母の麻実子に冷たい賢一のことだ、フランスからわざわざ麻実子の両親や親戚を結婚式に招待するとは考えられない。

もしも来てくれれば、あの底抜けの明るさと強さに癒され、どうにか当日を乗り越えられるのに、と思うのだが。

そんな期待はしないでおこうと、軽く首を横に振った。

「あ、忍君。忍君なら歌ってくれるかも」

「忍君……とは、お友達の方ですか?」

ハッと思いついた彩実に、飯島は手にしていたタブレットを操作しながら問いかける。

「そうです。学生時代の先輩で、今も仕事で関わりがあるんです。そりゃもう、歌がうまいんです。あー、今日の昼間会ってたのに、そのときに頼めばよかったな」

諒太との結婚になにひとつとして楽しみを見つけられない彩実は、せめて披露宴で忍の歌声を聴くのを楽しみにその準備に向き合いたいと思った。

そんな些細なことにでもすがらなければ、傍らに立ち、彩実を冷たい瞳で見ている諒太との結婚から逃げ出してしまいそうなのだ。

そんなことをすれば、賢一のことだ、小関家具との関係をいっさい断ち切るに違いない。

だから、諒太からどれほど嫌がられていても、この結婚からは逃げられないのだ。

彩実は滅入りそうになる気持ちを無理やり脇に押しやった。

「そうだ、忍君と後で合流できるかな」

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