冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
彩実がただひとり心を揺らした男性、白石諒太だったのだ。

口では賢一に無理強いされ、モデルハウスに小関家具を採用してもらうためだと言いながら、実は、彩実自身も前向きに受け入れた見合いだった。

「その判断は大間違いだったけど……」

諒太が吐き捨てるように口にした彩実への雑言を思い返し、目の奥が熱くなるのを感じるが、慌てて目を閉じ、ぐっと我慢した。

やっぱり、フランスに逃げよう。

あれだけ諒太に嫌われているのだ、結婚してもうまくいくわけがない。

とにかくモデルハウスの仕事を完結させて、とっとと逃げてしまおう。

目尻に溢れた涙を手で拭いながら、彩実はそう決心する。

「あ……」

強く目尻をこすったせいで、コンタクトが涙と一緒に外れてしまった。

「どうされました? 車を停めましょうか?」

思わす出た彩実の声に気づいた今江が、バックミラー越しに彩実に声をかけた。

「いえ、大丈夫です。ちょっとコンタクトが外れただけです。慣れてるので平気です」

彩実は明るく答えながら、慣れた手つきで両目からコンタクトを取り出した。

それをカバンの中から取り出したティッシュで包むと、再びカバンの中からメガネを取り出した。

茶色いべっ甲の丸メガネは彩実のお気に入りで、長く同じデザインのものを使っている。

彩実はメガネを外し、瞳に溢れる涙をそっと拭った。

「ご自宅まであと十分ほどですが、目の具合は大丈夫ですか? やはりレンズを取り出されたときに痛めたのでしょうか」

涙を拭う彩実に気づいた今江が心配そうに問いかけるが、彩実は首を横に振り、大丈夫だと答えた。

涙がこぼれるのはコンタクトのせいじゃない。

諒太に傷つけられた心が悲鳴を上げているからだ。

それに、そんな諒太から逃げ出そうと思いながらも、シトラスの香りが諒太の優しい表情を思い出させ、決心を鈍らせるせい。

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