Before dawn〜夜明け前〜
男は、割れたワインの瓶を手に持ってゆらりと立ち上がる。
黒川は、とっさにいぶきを守ろうとして立ち上がり、気づいた。

ちょうど入り口に姿を見せた男性客と、黒川の目が合う。


「可愛い顔にキズつけられたくなきゃ、大人しくしな。
このオレにハジかかせやがって!!」

男が瓶を振り上げながら、いぶきに襲いかかる。
店に女の子の悲鳴がとどろく。
いぶきは、黒川をちらりと見た。
黒川はうなづいて、早業で男を取り押さえる。



「…この辺でやめたほうがいい。
じきに警察が来る。女性にキズをつければ傷害罪になるぞ」

その時、いぶきの目の前にスーツの男性が立ちはだかった。まるで男からいぶきを守るように。
先程入り口から入ってきたばかりの客だ。

「いいじゃねーか、ハクがつくってもんよ」

「女性を襲って傷つけた罪がハクになるもんか。
営業の邪魔だ。外へ連れて行け」

スーツの男性客の指示通り、黒服の従業員と黒川が暴れる男を押さえ込んで、店の外に連れ出す。


だが、いぶきは、アレ?と思う。
黒川が自分から離れるなんて、珍しい。
暴れる男を押さえ込んでいるから?
それもわかるが、いつもなら、まずはいぶきの護衛を最優先にする。こんな時は周囲に任せて一番にいぶきに寄り添うのに。

犯人の男が武術経験があるから?
黒服だけじゃ危ないと判断したから?
疑問符ばかりが頭をよぎった。

「皆さま、大変ご迷惑をおかけしました」

ルリママがサッと場を切り替えた。
店に平穏がもどる。


「ありがとうございました」

被害にあった女性がいぶきに頭を下げる。

「いえ、私は何も…」

いぶきはそう言って、ふと自分のスカートを見た。男が振り回したボトルのワインがグレーのスカートに無数の染みを作っていた。
まるで、血しぶきのようだ。

ルリママは、現場に戻って、改めてその場を見て、ハッとなる。
何も気づいていないいぶきに、声をかけた。

「助けてくれてありがとう。ワインの染みは早く落とさないと。事務所においで。いぶきちゃん。

それと、一条の御曹司」

「…え?」

いぶきに背を向けていたスーツ姿の男性が振り向く。

拓人といぶき。思いもかけない、十年ぶりの再会だった。



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