Before dawn〜夜明け前〜
「帰ったのか、いぶき。予定より、早かったな。
日本は、どうだった?」

「矢野先生とルリママは変わらず元気だったわ」

「ったく、風祭にゃ首を突っ込むなとあれほど言っておいただろうが。
全く、親の言うことを聞きやしねぇ」

以前とは比べ物にならないほどに痩せ衰えた桜木は、それでも娘の帰宅が嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「しかも、とんでもねぇモン、持ち帰りやがって。

よぉ、ボン。えらい久しぶりじゃねぇか。
カツはどうしてる?」

十年前と変わらぬ口調。拓人は懐かしさを感じた。

「ご無沙汰しています。桜木さん。父は、元気です。名ばかりの会長職につき、普段は熱海で悠々自適な生活をしています」

「そうか、いいな。カツもヒマなら、こっちに来いと伝えてくれ。久しぶりに一緒に飲みてぇな。

ところで。
ボンは何しに来たんだ?

俺はまだくたばっちゃいねぇぜ?」

痩せ衰えてはいるものの、睨みをきかすその鋭い眼光は、昔と変わらない。並みの男なら間違いなくたじろぐだろう。

だが、拓人は並みの男ではない。
口の端で不敵な笑みを浮かべた。

「鬼神と呼ばれた、かの大親分桜木さんが、普通の父親になられて、しかも余命幾ばくもないと知って、見舞いを兼ねてお願いに参りました。

お嬢さん、いぶきさんを今一度、我が手にしたいと思いまして」

一樹はジッと拓人の目を見据える。拓人は決して目をそらさず、刺すような目力をものともしない。

「一条のボンと、元ヤクザの組長の娘じゃあ釣り合わんよ。よく、わかっているだろ?」

「父の跡を継いだだけのただの“ボンボン”と、天下のジェファーソン法律事務所の敏腕弁護士で、アメリカの資産家の娘さん、ですよ」

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