Before dawn〜夜明け前〜




「イブ、ボスからよ」

ケイトが積み上がった資料の本をかきわけて、いぶきに受話器を渡した。

「ありがと。ハロー、ボス?」

いぶきは分厚い本から目を離さずに受話器を耳に当てた。

「よぉ、イブ。仕事は進んでるかい?」

ボスの声は弾んでいる。おそらく良い知らせだ。

「まあまあですね。
昨夜も徹夜で父に叱られたばかりです」

「ハハハ、じゃ、一つ、軽くなるぞ。
コペル社の件、成立したぞ。お疲れさん」

いぶきが長いこと抱えていた仕事だ。つい、笑みがこぼれる。

「よかった!」

「と、すると。
イブは、身軽になったな?」

勿体つけるのは、ボスの悪いクセだ。

「日本企業の顧問弁護士の依頼が来ているんだよ、イブ」

「日本企業?どこですか?」

「イチジョウ、だ」

いぶきは手にしていたペンをポロリと落としてしまった。

「先日のコペル社の件でイブをいたく気に入ったようで、是非にとご指名だ。デカイ相手だぞ、出来るな?」

「ボスの命令ならば従うまでです」

いぶきはそう言うと、受話器を置いた。そしてふと、窓の外の青空に目をやる。





「お父さん、一条家に嫁ぐことが今の私の幸せだなんて思えない。
私はね、拓人の右腕になって戦いたいの。影になり日向になり、拓人を日本一いや世界に通用する男にしてあげたいの。
そのために戦う術も身につけた」

あの日、いぶきは父と拓人の前で宣言した。

「花嫁姿?孫の顔?
お父さん、そんなものの為に今まで私を育ててくれたの?
冗談じゃない。
私は桜木いぶきとしてお父さんの娘であることが誇りなんだから」

父は小さく笑うと、それ以上何も言わなかった。





「さて、やるか」

いぶきは、とりあえず目の前の仕事に取り組んだ。一つずつコツコツと、取り組んでいかなければ、前に進まない。

仕事も。
たぶん、恋も。







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