Before dawn〜夜明け前〜
シャワーを浴びて浴室を出ると、先にシャワーを済ませたいぶきが、テーブルでコーヒーを飲んでいた。
「拓人も、コーヒー、飲む?」
いぶきの姿が自分の居住スペースにあること。
十年前に一緒に暮らしていた頃と変わりなく、全く違和感がない。
「あぁ」
いぶきがコーヒーを用意してくれる。
拓人はあくびをしながら、ゆっくりとコーヒーを飲む。
当たり前のように、いぶきがいる生活。
これこそ拓人の望む朝の風景だった。
「…拓人、のんびりしてると迎えが来ちゃうわよ?」
いぶきに急かされ、拓人は身支度を整えた。
ネクタイを締めている時に内線が鳴り、迎えの車が来たことを知らせる。
「…行ってらっしゃい、拓人」
「…へぇ、いいもんだな。
見送りがあるっていうのは。
……行ってくる」
多くの女性を虜にする甘い微笑みをいぶき一人に向け、拓人の姿がドアの向こうに消える。
途端に、いぶきの顔に影が落ちた。
ーー拓人と結婚した女性は、毎朝、こんなに幸せで満ち足りた気持ちになるんだな。
いくら体を重ねても、甘い言葉を交わしても、それはほんのわずかな夢の時間。
いぶきには、アメリカでの生活があるから。
ーー仕方ない。
いぶきも時計を見て、慌てて自分の支度を整えた。