Before dawn〜夜明け前〜
今のご時世に、どう見てもまだ若い娘に見合い結婚を進める、とは。
九条の父親はひどく古風な人物のようだ。

「まてよ、九条…
もしかして、九条さんのお父さんって、国際文啓大学名誉教授の、九条実朝(さねとも)さんですか?」

「まぁ、黒川さん、父のこと、ご存知なんですか?」

「以前、拓人に、九条家のお嬢様が秘書課にいると聞いた気がして。そうですか、あなたでしたか」

九条家。一条家にも負けないほどの歴史ある名家。現在当主の九条実朝は、一条勝周や桜木一樹と同じ大学を卒業し、交流もある。

「九条実朝さん?
以前、ニューヨークで大学の特別講義にいらした時に、私、日本人として頼まれて助手を務めたことがあるわ」

いぶきは、勝周のように父を『桜木先輩』と呼んで慕っていた九条実朝の顔を思い出す。

「そうなんですか?!
奇遇ですね、桜木先生。父がお世話になりました」

とんでもない名家のお嬢様。
純粋でどこか憎めない愛らしいお嬢さん。


こんな子なら、拓人の隣に相応しい。


そう思ってしまう。





「あ、九条さん。会議終わったよ」

その時、声をかけられた。

「ずいぶん、早かったんですね。
えっと、そうしたら、桜木先生、あとは…」

「あ、大丈夫です。エレベーターの場所も、女子トイレも分かりましたし。
お忙しいところありがとうございました、九条さん。
私、高司先生のところに、戻ります」

いぶきは、九条と別れ、高司の元へと戻る。


「お、戻ったね、桜木先生。
じゃ、早速で悪いけど。
桜木先生に担当してもらいたい案件は、これなんだ」

高司から、ドサリとファイルを渡されていくつかの説明を受ける。

「OK。
高司先生、何件か調べておきたい事があります。
電話、貸して下さい」

内容を見た途端に、いぶきの中のスイッチが入る。

「あぁ、構わんが、急がなくて良いですよ、桜木先生」

「日本にいるうちに必要な資料を集めておきたいんです」

高司の言葉に笑みで返すと、いぶきは空いている電話の前に座った。






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