Before dawn〜夜明け前〜
「あ、副社長!
ここにいらしたんですね。探したんですよ」

そこへ九条が現れた。

「どうしたんだ、華子くん。今日は昼食会はなかっただろ?」

「はい、ございません。だから、一緒にどうですか?今日は私、お弁当作ってきたんです」

満面の笑みで拓人を誘う九条。

「へぇ、九条くんの手作り弁当とは。副社長、いやぁモテますね、羨ましい」

高司の冷やかしに九条は頬を染める。
拓人は、ちらりといぶきを見た。仕事に夢中でこちらには気づいていないようだ。

一方の九条は拓人の視線の先にいぶきを見つけた。

「あ、桜木先生!
先生、もうお仕事してらっしゃるんですね。
私、いっぱいお弁当作ってきてるんです。先生も一緒にどうですか?」

高司をはじめとしたその場の弁護士らの視線が一斉にいぶきに注がれる。羨望の眼差しだ。

九条はここのアイドル。皆、一緒に食事したい。

「ありがとう九条さん。でも私、朝食が遅かったのでお腹空いてないの。
過度の栄養は、頭を鈍らせるから。…またの機会に」

「そうなんですか?残念。
じゃ、副社長、ほら、あと30分でまた会議が始まりますから」

いぶきは、その時気付いた。
九条の目。
拓人を見るその目がキラキラと輝いている。眩しいほど、くったくのない笑顔。彼女が拓人に特別な思いを抱いていることは明らかだ。

名家九条家のお嬢様か。しかも、あの器量。清純で誰にでも愛される存在。


ーー誰が見ても、お似合いよ。
きっと、典型的な良妻賢母になる。
戦う気もない。私、不戦敗だ。


いぶきは小さくため息をつくと、書類に目を落とした。


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