Before dawn〜夜明け前〜
いぶきは空腹を覚えて、手元の時計を見た。
午後6時を回っている。
昼食も忘れ、仕事に没頭していた。
ーーちょうどキリもいいし、後は明日にするか。
カバンから携帯を取り出す。
黒川から一件メールが入っていた。
『戻りが遅くなります。
拓人にも連絡しましたが、会議中のようで繋がりませんでした。
先にホテルに戻っていて下さい。
絶対に外では一人で行動しないで下さい』
黒川らしいメールだ。
「あ、桜木先生、ちょっと待って」
片付けをして立ち上がったいぶきに高司が声をかけた。
「先生の経歴書、見せてもらったよ。いやぁ華々しい経歴だ。頼もしいよ。
ところで、一つ確認したい。
君の父上、“桜木一樹”となっているのだが…私の大学の先輩に、同じ名前の方がいてね。
弁護士目指していたのだが、家業をどうしても継ぐことになって。
まさかとは思うが、君は…」
「高司先生がおっしゃっている大学の先輩が、桜木組の元組長なら、私の父です」
いぶきは臆することなく、胸を張ってそう答えた。
「やっぱりそうか!
すごくお世話になったんだ。先輩はお元気かい?」
「病気で寝たきりなんですが、頭と口は相変わらず。私の顔を見ては、“嫁に行け、孫の顔見せろ”ばかりで」
「あの桜木先輩がなぁ、アッハッハ。
桜木先生、どうなんだい、付き合っている男性はいるのかい?」
一瞬、いぶきの脳裏に拓人の姿がうかぶが、慌ててかき消す。
「いまは、仕事が恋人です。それに、あの父が認めるような男の人なんて、なかなか居ません。
では、今日はこれで上がります。お疲れ様でした」
いぶきは、高司に頭を下げて部屋を出ると、エレベーターに向かう。
やって来たエレベーターに乗り込んで一階のロビーに出た。