Before dawn〜夜明け前〜
「気がついた、のか?」

再び病室のドアが開き、今度は拓人が現れた。
その姿にいぶきは息を飲む。

仕立ての良いスーツには、赤黒い血の跡がべったりと付いたまま。よくみれば頬や髪にも血が付いている。
それを見て、改めて事件の重さを感じた。


「拓人、着替えに行ったんじゃなかったのか?」

「あぁ、マスコミに箝口令を敷いてきた。
ついでに警察にも手を回したりしてたら、着替えを忘れてしまった。

黒川?

…泣いてるのか?」

黒川は、パッと顔を伏せた。
「見るな。

俺、一旦桜木組に戻って、お嬢が無事なこと、報告してくる。
明日の退院は付き添うから、時間決まったら連絡くれ。
じゃ、お嬢、ゆっくり休んで下さい」

黒川が病室を出ていく。かわりに拓人がいぶきの枕元に歩みより、椅子に腰掛けた。




「拓人、ごめんなさい」

拓人の姿を見るなり、いぶきの口をついて出たのは、謝罪の言葉だった。

「それは、何の謝罪だ。
この俺を“居合わせた友人”呼ばわりしたことへの謝罪か」

拓人の表情は険しく、その低く抑えた声にいぶきは目を伏せた。

「ウソじゃないわ。
そうじゃなくて、こんな騒ぎ起こして、迷惑かけてごめんなさい。
スキャンダルにならないか心配で。
一条に迷惑かけてしまう」

拓人はそんないぶきのアゴをクイっとつまんでその顔を自分に向けた。

「まず、今回の事は今後一切報道されない。あらゆるメディアにおいて、だ。
次に、風祭玲子は、一生塀の中だ。
英作と夫人は、養護老人ホームで余生を過ごす。玲子の夫は離婚して実家に帰る。風祭家は、これで終わりだ。
もう二度と、風祭がお前に接触することも、お前を傷つけることも、決してない」

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