Before dawn〜夜明け前〜
「しかも、この俺を『居合わせた友人』なんて言いやがって…
全く…バカが」

拓人が怒りを含んだ目でいぶきを見下ろしている。その目が耐えられなくて、いぶきは目を伏せた。
風祭の呪いが、桜木の元ヤクザという家柄が枷となっていぶきをがんじがらめにしている。

「だって、事実よ。
体の相性がいいから、寝る。
仕事をサポートしたいから、手伝う。
拓人の右腕として人生賭けたけど、他人に私達の関係を聞かれれば、それは、“友人”が妥当な答え」

「チッ」

拓人の舌打ちが聞こえた。

「わかった。
いぶきの気持ちはよく、わかった。
俺がどんなに心配したか、子供のこともどんなにショックだったか。
だが、お前にとって、俺は居合わせた友人程度の存在なんだな。

体の相性だけなら、他の女でも間に合う事だ。
仕事だって、経験豊富な優秀な人材を探せばいいだけのこと」

「…」

思わず拓人を見たいぶきの目に、いつもの力強さは無かった。自信に満ちて内側から輝くようだったいぶきは見る影もない。

「結婚も、そうだな、九条みたいな家柄のいい女を選べばいいんだろ?

それが、君の望みなんだろう?

なぁ?俺の友人気取りの、桜木先生」

ハッキリと怒りを含んだ声。
蔑むような拓人の目。

つい今朝まで、幸せな時間を共に過ごしたことなど夢だったようにいぶきは感じた。

「…そうね、それが、いいわ。
貴方に抱かれたい女性は沢山いるし。
仕事も世界の一条には優秀な人材が沢山いる。
みんなに祝福されて結婚して、幸せな家庭を作って」

いぶきの声が詰まる。
胸が引き裂かれるように痛み、涙がみるみるにじんで拓人の姿も見えない。

「…そうか。
わかった。俺、結婚する。

じゃあな。桜木先生。
言っとくが、俺はあなたの友人なんてまっぴらだから。


お大事に」


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