Before dawn〜夜明け前〜
いぶきは電話を切る。

そして仕事に戻り、手元のファイルをバサッと広げた。

「イブ、ここに、サインを。
それと、また、部屋のネームプレートを裏返してなかったわ」

この事務所では、弁護士それぞれの部屋があり、空室の時は赤字、在室の時は黒字のネームプレートにする決まりになっている。

裏返すだけの簡単なものだが、いぶきはこれをつい忘れてしまうのだ。

「ごめんね。

あと、やっておくから、ケイトはバーに行って?ボビーもいるんでしょう?」

ボビーは弁護士でケイトの彼氏だ。

「ありがと、イブ。じゃ、そうするわ」

ケイトは言うや否や帰り支度を済ませると、さっさと飛び出して行った。
ケイトは優秀な助手だが、こんな時はアメリカ人らしくサバサバしている。

いぶきは、ケイトに渡された書類に目を通してサインをした。
それから、もうひと仕事しようとファイルに目を落とした時。

ドアがノックされた。


「お嬢、お時間です。お迎えにあがりました」


姿を現したのは、黒川だ。


「あとちょっとなんて、ダメよね?」

「ダメです。
今日は、オヤジに来客で迎えがいつもより30分遅いくらいですよ」

いぶきはため息をついて、帰り支度を始めた。

「それは、マズイわ。お父さんに怒られる。
急ごう、黒川」

いぶきの荷物を黒川が持ち、二人は部屋を出た。

「あ」

いぶきは、歩き出そうとして気づいた。

部屋のドアのネームプレートを裏返す。

「これで、よし」

赤字になったドアのネームプレートが不在だと示す。
その赤字が示す部屋の弁護士の名前は…

Ibuki Ichijo

一条いぶき、であった。





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