Before dawn〜夜明け前〜
「ただいま」

「あ、おかえりなさい、イブ」

いぶきを出迎えてくれたのは、マリアだ。

「旦那サマに、お客サマです。
イブ、体調は?」

「大丈夫。
マリアがいつも気をつけてくれるから。
ありがと。

じゃあお父さんとお客様に挨拶するか」


いぶきは父の部屋に向かう。


「ただ今帰りました。

…あら。ご無沙汰しています」

一樹はベッドから起き上がり、お気に入りの椅子に座っていた。
その向かいに一条勝周の姿がある。

「いやぁ、まさか、カツと家族として酒を酌み交わせる日が来るとはなぁ。世の中、皮肉なもんだぜ」

「思ったよりお元気そうで安心しましたよ、先輩」

「そりゃ、新しい目標が出来たからさ。孫の顔を見るって目標がよ」

「わかります!自分も、ジッとしてられなくて」

「いぶき、聞いたか?
カツ、こっちに家まで買ったんだぞ」

「え、そうなんですか!!」

「いやぁ、熱海なんかでジッとしてられなくて。ここで先輩と毎日ワクワクしながら過ごすのもいいかと思ってね。
ちょうどここのワンブロック先の家が売りに出てたから、飛びついたよ」

笑いあう一樹と勝周。
少し前まで日本を手玉に転がしていた二人が、まるで少年のように笑いあっている。

「仲のよろしいこと。
お二人が並んでいる姿。ちょっと前でしたら大ごとだったでしょうに。
週刊誌が垂涎もので欲しかったショットね」

「アッハッハ。
だが今は引退した、ただのジジイ達さ。
いぶき、仕事、無理してないな?体、大丈夫か?」

「病気のお父さんに心配されるようなことはしてません。

大丈夫。絶対に無理はしない」

「頼むよ、いぶきさん。
我々が孫の面倒を見るから、安心して産んでくれ。
先輩は、ミルク係。俺は、オムツ係。役割分担もバッチリだよ」

日本を動かしてきた二人とは思えない。
いぶきは、苦笑いするしかなかった。


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