Before dawn〜夜明け前〜
拓人の生活
昼食会は、終始苛立ちを覚えた。
と、いうのも二葉商事の社長秘書が事あるごとに拓人にアプローチをしてくるからだ。
「すごいですわ、副社長さん。ね、パパ?」
「これ、愛果“社長“と呼びなさい。
すみません、一条副社長。教育が行き届いておらず」
この社長秘書、社長の一人娘とあってワガママが鼻につく。
「しかし、驚きました。まさか、ジェファーソン法律事務所の弁護士先生とご結婚とは。
しかも、あの、桜木氏の娘さん、だというじゃないですか?
いやぁ、羨ましい。一条副社長、向かうところ敵なしですね」
二葉社長の言葉にイヤミも汲み取り、拓人は苦笑する。
「でも、副社長さん、お淋しいでしょ?
奥様遠いアメリカですものね」
媚びる愛果に拓人は苦笑を浮かべたまま言った。
「仕事が忙しくて。ジェファーソンが彼女を手放してくれなかったものですから…
と、ちょっと、失礼」
拓人は鳴り出した携帯電話を手に、一旦席を立つ。
「ダメじゃないか、愛果」
拓人の姿がなくなった途端に社長が娘をたしなめる。
「だって、愛果のタイプなんだもん。奥さん日本にいないんでしょ?愛人でもいいから、モノにしたいなぁ」
「バカもんが。相手は桜木の娘だぞ。引退したとはいえ、桜木組ではいまだに鬼神と崇められているほどの男の娘だ。下手したら、東京湾に沈められる」
九条はすました顔で二人のヒソヒソ話を聞こえないフリをしたが、内心、お腹がよじれるほど可笑しかった。
元ヤクザの組長桜木の娘。
いぶきが心配していた出自は、かえって拓人に変な虫が付かない虫除けになっていた。
「食事中に、失礼しました。
大変申し訳ございませんが急用が出来てしまいました。
よろしければ、愛果さん、私の分のデザートもどうぞ」
戻って来た拓人の言葉に、愛果は本当に残念そうな表情。
「では、失礼させていただきます」
拓人は九条と共にその場を離れて、迎えに来た社用車に乗り込んだ。