Before dawn〜夜明け前〜
番外編 鬼神の目
春の日差しが暖かな日だった。


桜木一樹は、朝からやけに体がだるくてたまらなかった。
熱があるわけでもないが、まるで泥の中にいるかのように、いつも以上に体がいうことをきかない。


彼は、かたわらのベビーベッドでスヤスヤ眠る孫、一条花音(かのん)に目をやった。

眠るその顔は、いぶきの幼い頃に良く似ている。
寝顔を見ているだけで幸せな気分になった。

先ほど遊びに来たジュンが、花音に、と持って来たベビー服を着ている。ジュンオリジナルの、可愛らしい桜の刺繍が入っているピンクのベビー服。
いぶきが幼い時にも着ていたデザインだ。アキナが気に入ってよく着せていたのを思い出す。

懐かしさに胸が熱くなった。



赤ん坊にアキナが、笑顔で微笑みかける。

ーー見て、目元があなたにソックリよ。

そうだな。自分でもそう思うよ。
ありがとよ、アキナ。
こんな俺を父親にしてくれて。


あの頃、そんな会話をしたのをふと思い出す。
3人で幸せに暮らしていくことを、本気で願ったあの頃…


ーー見て、目元があなたにソックリね。
…お爺ちゃんになるなんて。
羨ましいわ。


……アキナ?


お前、もしかして……来てくれたのか?



「…ん〜っ」

花音がパチリと目を覚ました。

ゆっくりと周りを見渡し、一樹を見つけるとニッコリと微笑む。

それから一樹のそばの空をじっと見つめて、手を伸ばした。
まるで、そこに誰かがいるように。


「あーうー」


触ろうとして触れないもどかしさ。
花音はだんだん不機嫌になる。


その次の瞬間だった。


「じいじ」


一樹を見て、ハッキリと言った。

「じいじ、じいじ」

ここに人がいるよ。
そう教えるように、一樹を見ていた。


「やっぱり、お前、来てくれたんだな、アキナ。

聞いたか?

花音が、俺の、ことを、じいじと。
お前に話す、自慢が、また一つ、増えたなぁ」


俺、結構頑張ったんだぜ。
いぶきを、幸せにしてやらなくちゃいけないってよぉ。
まぁ、俺自身が幸せすぎる時間を、過ごさせてもらえたけどな。


だけど、もう、いいよな?
あとは拓人に任せても。


アキナ。
これからはずっと一緒にいよう。




話したいことがたくさんあるんだ。











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