Before dawn〜夜明け前〜
2.五月〜明けない夜〜

名前は消して

「えっと…君。1年A組の子だね?
悪いけど、クラス委員の青山さんに、アンケート集計を持って生徒会室に来るよう、伝えてくれないかい?」

拓人に話しかけられた女の子は、顔を真っ赤にしてコクコクとうなづき、ダッシュで自分の教室に戻った。


「青山さん!」

いぶきは、カバンに教科書を詰めて帰り支度をしていた。

「何?」

「い、い、一条先輩が、アンケート集計を持って生徒会室に来るようにって!」

興奮して、息を荒げながらそう告げる女子。

「わかった」

いぶきは冷静そのもので返事すると、廊下にあるロッカーに私物を取りに行くため、教室を出て行く。


「んもぅ、一条先輩に名前を覚えてもらえるなら、私が、クラス委員やりたい!」
「ほんと、青山なんて、頭がいいだけじゃん」

残っていたクラスメイト達が次々と悪口をたたく。

「あいつ、ブスだよなー。
今時、三つ編みに眼鏡なんて昭和の女学生かよ」
「あの無表情は、なんか怖いしさー。ムカつくよな」


いぶきは廊下にまで聞こえる彼らの話を聞きながら、教室に戻るタイミングを逃していた。

「あれ、青山さん、どうしたの?」

そこへ黒川と丹下が通りかかる。
いぶきは黙って教室を指差した。2人にも悪口が聞こえる。

「気にすんな、青山」

丹下がいぶきの腕を引っ張って、一緒に教室に入ってくれた。

いぶきの姿にクラスメイト達は一斉に黙り込む。


いぶきは何も言わず、棚の上のアンケートの入ったファイルを引き抜いた。


その時、スッと指先に痛みが走った。


ファイルの隙間にカッターの刃が挟まっていたのだ。
いぶきの指先から、ポタポタと血がしたたる。

「青山さん!大丈夫⁈」

気づいた黒川が駆け寄り、自分のハンカチでいぶきの指先を押さえる。


教室の隅で、クスクスと笑い声がした。


「あのさー
青山のことがいくら嫌いでも、やっていい事と悪い事あるよな?」

その笑った面々に、丹下が怒りに満ちた顔を向ける。

「なんだよ、丹下。
俺たちがやったって証拠でもあるのか?」


まるで一触即発。


「保健室行くから、副委員長、このファイルを生徒会室にお願い」

そんな丹下に、いぶきが声をかける。
だが、丹下は、犯人と思しき集団に睨みをきかせたまま。



「…丹下くん。
私に代わって生徒会長にファイルを届けて」



いぶきの強い口調に、丹下が振り返る。

その、射抜くような目力。
従わざるを得ない迫力。
大企業の息子として、傲慢不遜な丹下でさえ、息を飲む。

「わかった」

丹下にファイルを渡すと、いぶきは保健室へと向かう。

「青山さん、一緒に保健室行くよ」

黒川も、いぶきの後を追う。

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