Before dawn〜夜明け前〜


いぶきが丹下と黒川に支えられて生徒会室に向かうのを確認してから、拓人は彼女のロッカーが空っぽなのを確認する。

濡れていたということは、水が使える場所で何かがあったはず。
近くの女子トイレを見ると、床と手洗い場がびしょ濡れで、バケツが転がっていた。

次に教室に入る。カバンが机上に残っている。
カバンからは、墨汁の匂い。
手提げの部分にべったりと墨汁。無残な姿だ。

拓人は手にしていたファイルを見る。丹下が届けてくれたアンケート集計だ。
表紙に生々しい血痕がある。

状況証拠は揃っている。
犯人はすぐに見つかるだろう。


「なるほどな。
黒川がぶち切れる訳だ。どれも、陰湿だ」

呟いて、拓人は一年A組の教室を出る。


「一条!何があった?」

そこへ担任の教師が慌ててやってきた。

「青山いぶきへのイジメです。
これから彼女を病院へ連れて行きます」

拓人は無表情で事実を告げる。いつもの爽やかな笑顔はどこにもない。

教師の顔がみるみる強張る。

「一条、すまなかった。気をつけて居たのだが」

「…先生には担任の荷が重かったのかもしれませんね。
理事長に報告して、処遇を決めますが。

私の主観では、イジメを実行した生徒は全員退学。先生は、クラス担任を外れてもらうことが妥当かと。

では、私は、急ぐので」

拓人が足早に立ち去る。


「せ、先生!
たかが生徒会長なのに、一条先輩ってば、偉そうに…!」

拓人が去った後、立ちすくむ担任に女子生徒がかけ寄って文句を言った。

「たかが生徒会長?

それは違う。
一条、自分の事を“私”と言っていただろう。
ということは、あれは一生徒の発言じゃない。
この学院の理事長補佐としての、業務上の発言だ。
一条は、世界の一条グループを背負う為に、既にいくつかの企業の経営を担っている。
この学院も、その一つだ。まだ学生だから理事長補佐扱いだが、実際には理事長以上の力を持っている。

普通の生徒なんかじゃないんだよ。

君たちも、もう二度とイジメなどしないと反省して一条に頭を下げた方がいい。

彼が退学を示唆した今となっては遅いかも知れないがな。
下手したら、君たちの親にも制裁が行くぞ」


その場にいた生徒が皆、青ざめた。

一条拓人。世界の一条を背負う者。その力の大きさに、誰もが恐怖を感じていた。



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