Before dawn〜夜明け前〜

風祭という名の檻

指の治療を終え、いぶきは拓人に伴われて風祭家に帰った。

拓人の姿に玲子が狂喜する。

「なんで、いぶきと一条君が?」

想定通りの質問に、いぶきは用意してあった答えを告げた。

「すみません。
私が生徒会の仕事を手伝っている時に、ウッカリ怪我をしまして。
一条先輩が付き添って下さったんです」

拓人が何かを言い出す前に、いぶきは拓人に深々と頭を下げた。

「ありがとうございました、一条先輩」

「いぶき。あんたが遅いから私が準備させられたのよ。
お父様に来客。お茶を出して。

一条君は、せっかく来てくれたんだもの、ぜひ上がっていって」

いぶきには、刺すような冷たい目線を送るが、拓人には、はにかむような可愛らしい笑顔を向ける玲子。その変わり身の速さは、ある意味天才だ。

「あ、いやせっかくだけど。俺はこれで。
予備校に行かなきゃならないから。
風祭、また、明日な」

爽やかに微笑んで拓人が去っていく。
玲子は残念そうに顔をしかめている。

いぶきは、急いで着替えに行く。

ーーさぁ、使用人の現実に戻らなきゃ。

キッチンに向かうと、玲子が途中までやったのだろう、急須に茶葉まで入れて準備してあった。

慌ててお茶を用意して客間に行く。来客は、いぶきも知っている代議士だった。



「風祭も、いよいよ大臣の椅子がまわって来そうだなぁ」

灰皿をとりかえ、お茶を出す。そんないぶきを客人がちらりと、見た。

「大臣ともなれば、この、アキナの娘はどうするんだい?」

「これが、悩みの種でなぁ」

風祭英作も、ため息をついていぶきを見る。
いぶきは何も言わず頭を下げて客間を出た。



ーー私は何の為に生まれて、どうして生きているんだろう。
学校では、嫌がらせされて。
親やきょうだいすら居ないも同じ。

どこに居ても厄介者。必要とされない存在。


いぶきは、夕食の支度をしながらぼんやりと考えていた。

その時だった。

英作が内線で客間にいぶきを呼び出したのだ。

客人はすでに帰っていた客間では、厳しい表情を浮かべた英作が仁王立ちしていた。

「…お呼びですか?」

「…キサマ…どういうつもりで、こんな茶を入れた…?おかげで恥をかいた」

「…え…?」

いぶきは残っていた急須の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
ケチな風祭家では、来客用は高級茶葉を使い、普段は特売品の茶葉を使う。これは普段用の茶葉だ。

「玲子さんが途中まで用意していたのを、確認せず淹れてしまいました」

「玲子のせいにするなっ!」

英作が乗馬用の鞭(ムチ)を手にした。
サッといぶきの顔が青ざめる。
鞭が、いぶきの背に勢いよく振り下ろされた。激痛が走る。

「申し訳ありません!」

しかし謝ったところで、鞭は二度、三度と振り下ろされる。

「キサマ…いっそ、死ね。キサマが居なければ、私の気苦労が一つ減る!」

一応、父親のはず。その父親が鞭で叩きながら死ねと叫ぶ。

ーーやっぱり、これが現実。
救われるなんて、あり得ない。

いぶきは泣き声一つあげずに、ただジッと耐えた。英作の心の嵐が収まるまで、ただ、ジッと…


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