Before dawn〜夜明け前〜
拓人は、戻ってきた保健医と入れ替わるようにして、教室へと戻る。


「一条くん」

教室のドアの前で、風祭玲子が拓人を呼び止めた。

「遠くてよく見えなかったんだけど、さっき校門で倒れたのは、うちの使用人じゃない?」

仮にも、母親違いの妹のはず。だが、玲子はあくまでいぶきを使用人と言った。

内心、苛々としたが顔には出さず、拓人は事実だけを述べた。

「…倒れたのは、一年の青山いぶきだ」

「やっぱり。
昨日は、お父様の虫の居所が悪くて、かなり、おしおきされていたから。
さすがにちょっとやり過ぎだと思ったのよ。『いっそ、死ね!』なんて聞こえてきたし」

そう呟いて、玲子は自分の教室に戻っていく。
いつもは無関心の玲子でさえ、気になる程の折檻だったようだ。


ーーだが、お前は実の妹を助けることはしなかったのだろう。

親が鬼畜なら愛娘も同じ。


拓人の胸は張り裂けそうなほどの焦燥にふるえる。

ダメだ。
このままでは、本当にいぶきは死んでしまう。風祭に殺されてしまう。

『拓人、私たちは共謀者よ』

思い浮かぶのは、拓人ですら引き込まれる強い目力と、その瞳の奥の強い意志。

助けてやりたい。
あの目を見たい。

そんな思いが湧き上がってくる。
それは、愛とか恋とかじゃない。
ただ、勿体ないという思い。
風祭に束縛され、押し殺されている“いぶき”の存在が、勿体ない。



でも、じゃあ、どうする?



「一条、さすがだな。全国模試、50位以内なんてさ」

教室で手元に戻って来た模試の結果を隣の席の男子が覗きこんで、呟いた。

それを聞いて、ハッとなる。
もしかすると…

拓人は、休み時間に一年生の学年主任の元を訪ねた。

「青山?」

拓人は、主任の手元の資料を見て、ヒュッと息を飲む。

全国10位。

「すごいだろ?
これ、学校でキチンとバックアップしてやればトップ取れると思うんだがなぁ…いかんせん…」

ゴニョゴニョと学年主任が口ごもる。

「なるほど、わかりました。
それだけの実力があるなら、我が校の為にも取らせましょう、全国トップ。

光英学院の名が、一番上になるチャンスですからね。
理事長と相談してみますよ」

頭が良いこと。
それはきっと、何よりいぶきの武器になる。

あとは、これを、風祭が食いつきたくなるように上手に吹き込めばいい。




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